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2020.01.06 Monday

ゴーン氏の逃亡について

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    身柄拘束について色々な意見を述べてきましたが、昨年末にゴーン日産元会長が逃亡するというとんでもないニュースが飛び込んできました。

     

    日本の刑事司法制度批判に絡めて擁護したり、同情するような論調もありますが、私はこの逃亡は許されないことであり、他への悪影響が大きく非常に迷惑なことだと捉えています。

     

    1 状況が悪いことを認めるに等しい

    ゴーン元会長は逃亡した理由として、日本の司法制度に問題があるなどという理由を述べているようです。

    ただ、保釈直後ならばまだしも、現時点で逃亡する理由としては説得力が乏しいと言わざるを得ません。

    逃亡した2019年末の段階では公判前整理手続がかなり進んでおり、弁護側の予定主張も明らかにしていたようです。そうであれば、検察の主張は既に明らかになり、証拠開示も相当進んでいたはずです。

    そのような状況で逃げたのですから「有罪になると予測したから逃げたのではないか」といわれても当然だと思います。

    何よりゴーン元会長は、実際に何があったのか直接体験して知っているのですから、検察の主張や証拠を見て、そのどこに綻びがあるのか、関係者がでたらめを言っているのかどうか分かるはずで、無罪を獲得できるかどうか予測できるはずです。そして、無罪を獲得できる公算が高いと判断したのであれば、逃げる必要などなかったわけです。

    なのに逃げたのは、無罪を獲得できないと思ったからだと、そのように思われても仕方がありません。

     

    実際に裁判になれば、検察側証人の証言が崩れるなど様々な要素によってゴーン元会長が無罪を獲得できる可能性が出てきたと思われます。とくに、今回は検察側証人に関して司法取引が用いられたということですが、司法取引は未だ成熟した制度とはいえず、司法取引をした証人の証言の信用性がどのように転ぶか分かりません。

    このようにゴーン元会長としては、裁判ではいろいろな攻め手があったと思われますが、今回の逃亡でその機会を放棄しました。

    一方の検察側は無罪のリスクを回避できたわけで、不戦勝を得たといえると思います。

    検察側は「世界中の批判に耐えうる証拠を収集しており、ゴーン元会長は間違いなく有罪である。被告はそれを恐れて逃げたのだ」と言い続ければ良いのです。

     

    ゴーン元会長が「私は無実だ。逃げたのは別の理由だ」と言ったところで説得力はありません。

    このような批判を避けるには、弁護人にこのまま公判前整理手続を続けさせた上、公判に合わせて日本に戻ってくるしかないでしょう。あり得ないことですが。

     

    2 保釈判断が厳しくなると予想されること

    今回の逃亡でもっとも大きな影響は、今後の保釈判断が厳しくなるだろうということです。

    当ブログでも何度か言及してきましたが、近年保釈が以前よりも格段に容易に認められるようになってきました。

    そのために、逃亡事例が生じるなど弊害も一部で生じてきましたが、全体の傾向としては保釈が緩やかな条件で認められるようになってきました。

    このこと自体は個人的にも望ましいことであると思っていました。

     

    ところが、今回、これだけの事件でこれだけ社会地位もある人物が海外逃亡を図ったわけです。

    保釈に当たっては、裁判所も検察も罪証隠滅に警戒をしていたものの、逃亡はさほど警戒していなかったのではないでしょうか。

     

    保釈中の被告が逃亡する事件は、昨年もいくつか発生していましたが、とはいえ逃げる人は少数派でした。保釈中に逃亡を試みるのはごく一部の変わった人だったといえるのです。

    社会的地位のある人物が保釈中に逃亡したということは、今まで聞いたこともありませんでした。それこそ、暴力団の組長であっても(しばしば保釈されるのですが)保釈中に逃亡などしなかったわけです。

     

    それが今回まんまと逃亡してしまいました。

    今回の事件は、ふつうの保釈逃亡事件の100倍のインパクトがありますから、これをきっかけに裁判官の保釈の判断が厳しくなることが予想されます。

    とりわけ、外国籍の人や外国の永住権を持つ人(=外国に逃亡しても日本に強制送還される可能性がない人)については、今後保釈はほとんど認められなくなるのではないかとさえ思います。

     

    また、今回弁護人は保釈を認めさせるためにパソコンの使用を制限するなど、様々な工夫をしたわけですが、それも無駄になりました。今後、保釈を獲得するために弁護人が「こういう措置を執りますから」と言っても、通用しなくなるのではないでしょうか。

     

    さらに、今回ゴーン元会長は、15億円もの保釈保証金をいとも簡単に手放したわけですから、今後保釈保証金の相場が上がることも予想されます。保釈保証金は、逃亡したり罪証隠滅したりしないための保証として預かるわけですが、15億円という記録的な高額の保釈保証金であっても手放す人がいたのですから、見直される可能性が高いでしょう。

    昨年の芸能人の逮捕事案で、保釈された際の保釈保証金が安いという批判が一部でなされていましたが(芸能人でも大体500万円前後が多いようです)、一見大金であっても、その被告の保有資産に照らせば金額が低すぎる、そんな金額ははした金に過ぎない、ということも十分あるわけです。

    従前、ある程度の資産を保有している被告人にはいわば「優しい」判断がされていたと言ってよいと思いますが、今後は保釈保証金の金額が今後跳ね上がる可能性が高いと思います。

     

    このような次第ですから、今後の保釈に関しては悪い影響しかありません。弁護士としては非常に迷惑です。保釈請求したときに裁判官から「ゴーン元会長だって逃げたじゃないですか」と言われると、弁護士としてはなかなか返す言葉もないでしょう。

    「ゴーン元会長はプライベートジェットを使用するという尋常ではない方法で逃亡したが、普通はそのようなことは不可能だ」と反論をすると思いますが、プライベートジェットなどを使わなくても密出国する方法はあると思いますし、説得力のある反論と言えないかもしれません。

     

    今回の逃亡劇は、保釈が緩和されてきた最近の傾向に水を差すもので、「逆行」を生みかねません。今回のせいで保釈が認められないケースがいくつも発生することが予想されます。

    また、逃亡に関わったパイロットがトルコで身柄拘束を受けたといいます。出国の手続も今後は煩雑になる可能性がありますし、無関係な一般の人々にも迷惑がかかるかもしれません。今回の逃亡劇は、実に多くの人々に迷惑をかける可能性があります。

     

    今回の逃亡はそもそも密出国の罪(出入国管理及び難民認定法71条)に該当する犯罪ですし、許されません。安易な擁護や同情など決してできないと思います。